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2009.08.30 夏の思い出
おさぼり気味のブログでした。
こんなめちゃくちゃなブログでも、見てくれている人がいてくれて、嬉しいです。


今年は職場の人に、上手に桃を切るコツを教わって、いっぱい桃を切りました。

種がキレイにとれて、形良く揃ってお皿に盛れて、大好きな桃も、それだけでもっとおいしく感じました。

患者さんのお宅でも、梨も初物のりんごまでいただきました
果物好きの食いしん坊には、嬉しい季節です。


アクト、8月は仕事が忙しくて、なかなか活動に出られなくて残念だったけど、
今日のキンボール大会、今月唯一参加できた行事だったので、なおさら楽しかったです。

いっぱいの一般参加者の人の笑顔も、心に残りました。
忙しい中、準備をしてきてくれたみんなに、本当に頭が下がりました。
ありがとう!



雨ばかり続いて短く感じた夏でしたが、いい思い出は出来ましたか?

お盆も、ずっとお仕事だったんですが、私も私なりにいろいろ時間を作って遊べました。



道の駅めぐりをして、あまごのつかみ取りをしてきました。

根羽の道の駅で、どこか都会から来た子どもたちがやっているのを、しばらく眺めてたら・・・

我慢できなくなり、10匹コースにトライ

小さい子どももいないのに、大人だけでキャッキャ言って魚を追ってるのは、私たちだけでした。
しかもジモティ。


水は冷たかったけど、きれいな魚に触れて楽しかった〜

このつかみ取り、おじさんひとりでやっていたんで、私たちが終わった頃にちょうど混雑が始まり・・・
おじさんてんてこ舞い!

地元の人が困ってるのをほっとけなくなり、
炭を仰いだり、サービスのとうもろこしを焼いたり、お客さんを呼びに行ったり・・・しっかり働いてきました。


炭で焼いたあまごの塩焼きは、頭や骨までぱりぱりで、本当においしかったです。
画像 1923

名古屋から、田舎のおばあちゃんちに遊びに来ていた坊やとも仲良くなり、一緒にお魚を取りました。
自分で捕まえた魚を、満足そうにほおばっていました。
素敵な長野の思い出を持って帰ってくれたら嬉しいな。



15日は、仕事の後、中学の同級会でした。20人くらい集まりました。
卒業から10周年ということで、友達が企画してくれました。

ちょくちょく遊んでいる人もいれば、10年ぶりに会う人も。
大好きなクラスだったし、大好きな担任の先生にも会えて、嬉しかったです。

先生とは、社会人になってからも何度かみんなと一緒に食事をしたり、お酒を飲んだり出来て、まだまだ生徒気分です。

先生は、当時からちょっと薄毛で、クラスみんなで先生の毛量を心配して、肩に落ちている抜け毛を、
「先生大変!戻してあげるね!」 なんて、頭にくっつけてリサイクルしてあげたり・・・
給食のひじきをてんこ盛りの大サービスにしてあげたり・・・

先生も先生で、「みんな先生のために・・・」なんて喜んで食べてくれる人柄でした。
とても愛されていました。

先生の髪の量は10年経ってもそのままだったので、ひじきに効果があったことを実感しました。


その当時の私の中学校は、ずいぶん荒れていたので、きっと分からないところで苦労されたんだろうと思います。

「先生、私たちを受け持っているときは、大変だった?」
と聞いてみたけど、「いや、みんなはいいクラスでした。」と言ってくれました。

金八先生みたいに上手なお説教をするわけでもなく、
ROOKIESの川藤先生みたいに熱血教師な訳でもないけど、
国語の先生だからか、とても品のある話し方をされる先生で、本当に親しみのある存在でした。

いじめも登校拒否も無く、みんなが自分のクラスが一番好きだったのは、この先生のおかげです。
男女の仲も良かったので、集まった全員とおしゃべりが出来ました。

・・・私の脳は、妙なメモリーに容量を使っているなぁと思います。

たぶん、楽しかった記憶や、ちょっと感動した記憶は、日記にも書かないような小さなエピソードでも、
何年も大事に大事に取っておく仕組みになっているようです。

中学のときのくだらない記憶はかなりあって、みんなに話してあげました。先生のひじきのエピソードもそう。
つまり、楽しい中学校生活だったと言うことです。

3年間、クラス替えも一度も無く、ずっと一緒にいられた仲間。また集まれるなんて、幸せなことでした。



お盆の最終日は、ほとけさまを送った後、ひまわり畑へドライブ。
(よっしーさん、教えてくれてありがとう!)

イメージしたより、もっと広くて、ちょうど満開のときに行けました。
画像 1926

元気なみつばちやくまばちが飛び回っていました。
画像 1924
ひまわりの鮮やかな黄色は、心を明るくするなぁと思いました。

太陽の神様アポロンに恋をして捨てらたクリチェが、太陽を見て泣いているうちに、死んでしまって、ひまわりになりました・・・
というギリシャ神話を思い出しました。

みんな揃って東を向いていて、なんて一途で素直で可愛い花だろうと思いました。
画像 1928
こんなにかわいい花に見つめられたら、お日様だってテレちゃいそう。


大宮の夏祭りに、自分で浴衣を着付けて行ってみたり、

お友達と3人で岐阜の温泉に行って見たり。

なかなかいい夏だったなぁと思います。
2009.07.25 贅沢なお休み
海の日に、家族で化石燃料ゼロのエコハウスを借りてバーベキューしてきました。


エコハウスは、電気は風力発電と太陽光発電、
ガスや石油も使わず全部薪で火をおこす、
トイレなどの水は雨水を浄化して再利用!

化石燃料ゼロ、徹底してます。

去年飯田のNPOが作ったばかりのぴっかぴかの素敵な施設。

画像 1914

眺めのいいウッドデッキへテーブルを並べて、のんびり野菜を切りながら飯田の街を見下ろせます。とても贅沢な時間。
(後姿はギターを弾く父・・・働いてください)


そして、かまどで炊くごはん !

飯盒炊爨はあっても、かまどとお釜を使って炊くのは初体験。すっごく楽しみでした。

小学校の頃習った感覚で、お米を研いで、手首のところまでお水を入れて・・・
はじめちょろちょろ中ぱっぱ・・・なんて思い出して。

バーベキューの炭を熾すのとはちょっと勝手が違うかな・・・と思いつつ、
あっという間に火がついて、 昭和のお母さんになった気分で嬉しかったです。

原始人・父に育てられた所以です。


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かまどで炊けたごはんは、ただの塩結びだけど、びっくりするほどおいしかった。

ほんのり薪の香ばしい風味が移って、おこげもサクサクでした。
最近東京で、かまどで炊いたごはんをメインに出すレストランがあるとTVで観たけど、解る気がします。


冬場は囲炉裏と、薪ストーブのオーブンもある。
クリスマスパーティなんてやったら、楽しそう!


きれいな景色を見ながら、飯田産のお肉と野菜をいっぱい食べて、
私が作っていった大葉入り鶏つくねも、いっぱい作ったのにえらく人気でした。

みんなで食べたごはんは、どこの高級レストランのフルコースよりおいしい!と言えます。
画像 1918


エコハウスにはぴかぴかの檜風呂もついてて、管理人さんが自慢していた、ドイツ製のウッドボイラーでお風呂炊き。

でっかい丸太棒ひとつで、ちゃんと燃やしてくれて、全員が入るまで、暖かくて柔らかいお湯をくれました。

夜景を見ながら入る檜風呂は、最高に贅沢でした。



まだ炊飯器も冷蔵庫もエアコンも湯沸かし器もなかった時代。

みんな優れた知恵を持って、賢かったんだろうなと思う・・・


木を燃やすことに、多少抵抗はあったけど、
実際に使ってみると、よく乾いたほんのちょっとの木でみんなのごはんが出来るし、お風呂も炊ける。

だから昔の人は、木を大切にしてたんだろうなと思う。

お父さんが薪を割って、
お母さんがかまどに火をくべて、
小さい子どもが周りでちょろちょろそれを手伝う光景が当たり前にあって、

きっとみんなおいしいおいしいって塩結びを食べてたんだと思う。


とても幸せな時代だったんだろうな・・・


今は、スイッチひとつでいつでもあったかごはんが炊けるし、
わざわざ自分で炊かなくても、お金を出せばコンビニに行けばおにぎりが手に入るし、
レストランに行けば、どこの世界の料理も食べられる時代。

豊かだけど・・・幸せなのかなぁ?


へんてこりんなサイクルだけど、知恵をなくしていった結果ということかも・・・


なんとなく、切なくて、申し訳ない気持ちになりました。
誰に対して申し訳ないのかは、よくわからないけど、
これから生まれてくる子ども達に、かな・・・



エコハウスの利用者の書いてあるホワイトボードには、私の名前の後に県知事の名前がありました。

ぜひともかまどで炊いたご飯を食べて、県政に生かしてもらいたいもの。


いっぱいの人が、あの塩結びの味を知れるといいなと思う。

画像 1919

風車が回ってるのを見て、いつか子どもが出来たら、ここでかまどでごはんを炊かせようと思いました。
2009.07.06 夏のはじまり
日曜日、公園に遊びに行きました。


お弁当を食べて、バドミントンやフリスビーで遊んで、芝生でひと休み・・・


ひとりでかがんで、地面にせっせと巣を作るアリがかわいくて見てました。


草を踏む音が近づいてきたので、
「見て見て、アリ〜」
って顔を上げると、全然知らない男の子がキョトンとしていてびっくり。


クワガタをとりに来た男の子でした。

そんな大物を狙うハンターにしてみれば、見知らぬお姉さんからアリなんて紹介されても、そりゃキョトンでしょう


小学2年のりゅうせい君。
お姉ちゃんと妹しかいなくて一緒に遊べないらしく、
ちょっと寂しそうだったので、一緒にクワガタ探しをすることに 。

公園の森の樹を探してもなかなかおらず、いてもコガネムシばかり…


りゅうせい君は、「下の川のところで、この間7匹もとったよ」なんて言うので、公園の下の川辺の桜並木のところへ移動。


「子どもはちょっぴり大げさに言うからなぁ…」なんて半信半疑で行くと、
汚れた心のお姉さんが、早速クワガタを見つけちゃいました


りゅうせい君より、お姉さんの方が嬉しくて飛び上がっちゃいました。

手を伸ばしてとってあげると、りゅうせい君も嬉しそう


お連れ様が「樹を揺すると落ちてくる」なんて、安易な作戦を提案するので、
「クワガタもそこまで足腰弱くないでしょう〜」
なんてまたまた半信半疑の私の上に、足腰の弱いクワガタが降る


嬉しくて、みんなでキャーキャー言いながら地面に落っこちたクワガタを捕らえました。


一本の樹から5、6匹は落ちてきました。

子どもの頃は、指を挟まれそうで怖かったクワガタに、平気で触れる自分がまたおかしかったw


りゅうせい君に、ノコギリクワガタだと教えてもらいました。
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結局、3本くらい揺すって、20匹くらい取れました。
並木の樹、全部揺すったら何匹になってたことやら…

あまりにとれるので、お連れ様も欲しくなったらしく、りゅうせい君から大人気なく4匹分けてもらってました。


クワガタひしめく真っ黒い袋を持って、りゅうせい君はありがとうを言って帰っていきました。

童心に返らせてもらった、本当に楽しい出会いでした
2009.07.01 花の咲く場所
32期が終わり、今日から33期。

私の幹事の役目も終わりました。


5月6月と、仕事がとても忙しくて、なかなかアクトを純粋に楽しめなかったのがちょっと残念で、半日お休みをもらった今日、急に風越寮の花壇が見たくなって行ってきました。


子どもたちと一緒に、すくすく成長していた花たち。

坂を下っていくと、小さいプランターが並んでいるのが見えて、自然と笑みがこぼれてしまいました。
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にんじんの、赤い根っこがちょっとだけ土から顔を出しているのを見て、安心しました。
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あんなに小さかったひまわりの種が、みんなこんなにたくましく大きく。
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しっかり雨を受けて、ちょっとやそっとの風くらいじゃ負けなさそうな元気さ。
つぼみはまだ硬かったけど、そのうち打ち上げ花火みたいな花が咲きそうでした。

松葉ぼたんも、ほら。
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コスモスもグラジオラスもジニアも・・・
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砂粒くらいだった種たちに、こんなにも元気な命が詰まっていたなんて・・・
改めて感動しました。
毎日食べているお米のひと粒ひと粒も、きっと同じなんだな。
感謝しなくては・・・


子どもたちが、ちょうど園庭で遊んでいて、「お花大きくなったねぇ」って言うと、「うん!」って言ってくれました。
嬉しくなっちゃって、ちょっとだけ、草をとらせてもらいました。


ブルーベリーは、さっそく実をつけていました。
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まだ緑だけど、これからどんどん色づきそうです。
みんなの口にちゃんと入るくらい実がなるといいな…

花桃も、ほら順調に・・・
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お世話になった先生方にちょっとだけご挨拶できたのも、行ってよかったです。

なんだか、嬉しい光景に、元気と優しさをたくさんもらって帰ってきました。





清流苑でみんなでほたるを見た最終例会。
高森のほたる祭りも、たくさんほたるが舞っているときいて、行ってみました。


黄緑色の小さい光が、穏やかなテンポでちらちら舞っていました。

もっともっと近くで見たいなぁって思ってると、草の中に潜んでいる一匹を見つけました。
うわぁって感動して、じっとみていても、全然逃げません。

持っていた携帯電話の画面で、そっと照らしてみると、もう片羽のない、ぼろぼろのほたるで、短い生涯を終えようとしているところでした。

最後のひとひかりまで一生懸命光って、動かなくなりました。

もう卵を産んでくれた後かなぁ
そう信じて、来年も見に来よう。


こんなにも人を感動させる虫がいるなんて…

神様が、自然を大切にするようにって教えるために遣わせた虫としか思えません。

写真に撮れなくて残念ですが、新聞や雑誌で、火の玉みたいに緑の光が舞う、ほたるの写真を見ましたが、あまり感動はありませんでした。

本当に美しいものは、なかなかカメラでは残せません。
人の手で創れない美しいものは、みんなそう。

だから大切にしなきゃいけない・・・



生きてるってすごいなぁって思いました。
2009.05.25 幸せって?
おひさしぶりの、ブログです。


“幸せって何かなぁ”って思うことがあって、

たまたま職場の人が、病室で患者さんの聞いていたラジオから流れてきた話をしてくれて、
それがとても素敵な話だったので、ここに書きます。


“幸せ”とは、冷蔵庫のようなものだと言う。

冷蔵庫の中にある食材を見て、「わぁこれで何を作ろう♪」って思える人と、

「え〜これしかない。あれもこれも足りなくて何も作れないじゃない」って思う人。


世の中には両者がいて、さて、どちらの人が幸せでしょう。


前者はたぶん冷蔵庫の中のもので、おいしい食事が作れる。

そして、後者は冷蔵庫がはちきれるほどいっぱい食材があっても、自分の思う料理には何かが足りず、結局何も作れない。


幸せの反対側にあるものって、不幸せじゃなくて、欲じゃないかなって思う。

世の中の事件や問題、大抵は人の欲望が原因な気がします。

もっとたくさんお金が欲しい、
もっと便利で快適に暮らしたい、
もっと楽に稼げる仕事をしたい、
もっと美しくなりたい、
もっとおいしいものを食べたい、
もっと素敵な人と一緒にいたい・・・とか。
人間の欲は、際限が無い。


でも、たくさんではなくてもお金があって、
狭くても暖かい家があって、
不満はあっても働くことが出来て、
美しくなくても健康な体があって、
豪華ではなくても食べるものがあって、
大切な家族や友達や恋人が傍にいてくれて。


今、自分の冷蔵庫の中にあるものを数えると、みんななかなかの幸せ者じゃないかなと思う。

もっともっと欲しいって思う気持ちがおなかをすかせて、しまいにはいくら食べても満たされないおなかになっちゃう。

今、自分が持っている大事なものに気が付いて、ほんのささいなことで欲が満たされる人は、すぐに満腹になれる。

イコール、幸せもの。


例え、冷蔵庫の中にたまごが1個しか無くったって、「わ〜たまごがある♪」って思えたら、おいしいたまご焼きを作れる。

1個のたまごで喜べる感性と、たまごをおいしく料理できる想像力と経験と、向かい合って笑顔で一緒に食べる人がいたら、最高だと思う。

もしかしたら、その相手の冷蔵庫にも、たまごがあるかもしれないし、そうしたらちょっと大きなたまご焼きをふたりで食べられる。

今日の朝ごはんのたまご焼きがおいしかったなぁとか、
季節の花が咲いたなぁとか、
雨が上がったなぁとか、

そんなほんのちょっとしたことで思い切り幸せになれるような、胃袋の小さい人間でありたいなって思う。

中身の乏しい冷蔵庫のはなし。

すごく日常的な例えだけど、的を得ているなって思いました。




他人と中身が違っていて当り前だけど、他ならぬ自分の冷蔵庫を、大切に、愛しく思えたら、これ以上なく幸せなことだと思う。



みんなの冷蔵庫に何が入ってる?